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東京地方裁判所 昭和62年(刑わ)2653号 判決 1992年1月23日

主文

被告人両名をそれぞれ禁錮一年に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、いずれも通信線路工事の設計施工等を目的とする明和通信工業株式会社の線路部門担当作業員として、電話ケーブルの接続部を被覆している鉛管をトーチランプの炎により溶解開披して行う断線探索作業等の業務に従事していた者であるが、昭和五九年一一月一六日午前一一時三〇分ころ、東京都世田谷区太子堂四丁目三番四号所在の日本電信電話公社(現日本電信電話株式会社)世田谷電話局第三棟局舎の地下から約一三〇メートル三軒茶屋交差点寄り地点にある地下洞道(同公社所有、コンクリート造、幅員約二・六五メートル、高さ約二・三五メートル、床面中央部に幅員約〇・八二メートルの通路、壁面北側に八段二四条、南側に七段一八条、合計四二条の電話ケーブル設置)において、電話ケーブルの断線探索作業に共同して従事し、壁面北側の下から四段目に並列して設置された三本の電話ケーブルのうち通路寄りの一本(IYケーブル)につき断線を探索した際、その下段の電話ケーブル上に布製防護シートを掛け、通路上に垂らして覆い、点火したトーチランプ各一個を各自が使用し、鉛管を溶解開披する作業中、断線箇所を発見し、その修理方法等を検討するため、一時、右洞道外に退出するに当たり、同所には右のとおり布製防護シートが垂らされており、右シートにトーチランプの炎が接して着火し、火災が発生する危険があり、これを十分に予見することができたのであるから、右危険を回避するためには、被告人両名において、前記作業で使用した計二個のトーチランプを指差し呼称するなどして確実に消火したことを相互に確認し合い、共同して火災の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったのにも拘わらず、これを怠り、右二個のトーチランプの炎が確実に消火しているか否かにつき何ら相互の確認をすることなく、トーチランプを前記防護シートの近接位置に置いたまま、被告人両名共に同所を立ち去った過失により、右二個のトーチランプのうちとろ火で点火されたままの状態にあった一個のトーチランプから炎を前記防護シート等に着火させ、更に前記電話ケーブル等に延焼させ、よって、同公社所有の電話ケーブル合計一〇四条(加入電話回線等二三万三、八〇〇回線、総延長一万四、六〇〇メートル)及び洞道壁面二二五メートルを焼燬させ、これにより、前記世田谷電話局第三棟局舎に延焼するおそれのある状態を発生させ、もって、公共の危険を生じさせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(事実認定の補足説明)

〔目次〕《省略》

第一客観的事実関係

前掲の関係各証拠によれば、本件火災に関係する客観的事実としては、以下の各事実が認められる。

一  本件火災の発生

昭和五九年一一月一六日午前一一時三〇分ころ、判示世田谷電話局付近の地下洞道内において、火災が発生し、同所に敷設された電話ケーブル等を燃焼した結果、翌一七日午前四時三七分ころ鎮火するまでの間に、洞道内の電話ケーブル合計一〇四条(加入電話回線等二三万三、八〇〇回線、総延長一万四、六〇〇メートル)及び洞道壁面二二五メートルが焼損するに至った。

二  本件洞道の構造・位置関係

本件火災の発生した洞道は、地中に電話等の通信ケーブルを敷設するために設けられ、世田谷電話局第三棟局舎東口地下を起点として、同局舎内を幅員約五・五メートルで約四二・三三メートル西方に向かい(以下、この部分を「局内洞道」という。)、同所において幅員約二・四七メートルで南方へ同局舎西側に沿って約六五・四六メートル延び(以下、この部分を「引き込み洞道」という。)、同所において幅員約二・六八メートルで東方(三軒茶屋方面)に通じる洞道(以下、この部分を「三軒茶屋洞道」という。)と西方(上町方面)に通じる洞道(以下、この部分を「上町洞道」という。)とに分岐している。

引き込み洞道の北端で局内洞道に通じる部分には、直径約〇・九三メートルの二箇所のマンホールが設置され(北端から約一・四五メートル、西端から約一・七〇メートルの地点にあるマンホールを、以下、「Aマンホール」又は「A点」といい、北端から約三・七七メートル、西端から約二・四七メートルの地点にあるマンホールを、以下、「Bマンホール」又は「B点」という。)、同洞道の南方約四五メートルの地点に西方(世田谷区桜丘方面)に向かう世田弦洞道が存し、引き込み洞道の南端から北方約〇・九三メートルの地点にマンホール(以下、「Dマンホール」又は「D点」という。)が設置され、同所から北方約一〇メートルの地点にマンホール(以下、「Cマンホール」又は「C点」という。)が設置され、このCマンホールと洞道との間には地下中二階として分電盤や配電盤が設置された空間(以下、これを「C分電盤室」という。)が存する。

上町洞道は、世田谷通り沿いを西進し、D点から約一七〇メートル先で行き止まりになっており、その終点にはマンホールが存し、D点から約二六・八メートル西方の同洞道北壁部分に直径約〇・九メートルの換気孔が存する。

三軒茶屋洞道は、世田谷通り沿いを東進し、D点から約二六〇メートル先の三軒茶屋交差点内にあるマンホール(以下、「Eマンホール」又は「E点」という。)付近から、渋谷方面に通ずる共同溝に合流しており、D点東方約二・七メートルの地点から約一〇・五メートルの地点までは洞道が斜め下方に向かっているため、同所には仰角約三二・五度(落差約五・二メートル)の幅員約〇・九メートルの鉄製階段が設置され(以下、この部分を「本件階段部分」という。)、本件階段部分の右鉄製階段下の壁面には分電盤や配電盤が設置された空間(以下、「D分電盤室」という。)が存し、本件階段部分最上部北壁には、D点から約四メートル東方の地点に六〇センチメートル四方の換気孔が存する。

引き込み洞道・上町洞道・三軒茶屋洞道の分岐点に位置するDマンホール付近は、高さ約四・九メートル、横約五・四メートル、縦約二・九メートルの広い空間部分を構成しており、地上から約二・六メートルの部分には金属性の地下中二階(格子状のもの)が設置されている。

右各洞道の断面の大きさは必ずしも一定していないが、引き込み洞道のうちDマンホールに接する部分では高さ約二メートル、幅員約三・四メートル、上町洞道のうちDマンホールに接する部分では高さ約二・一メートル、幅員約一・七メートル(床面中央部に幅員約〇・八メートルの通路)、三軒茶屋洞道のうち後記第二現場付近では高さ約二・三五メートル、幅員約二・六五メートル(床面中央部に幅員約〇・八二メートルの通路)である。

なお、被告人両名が、本件火災発生当日、最初に作業を行った場所(以下、「第一現場」という。)は、三軒茶屋洞道のうちD点から東方約二五〇メートルの地点であり、本件火災発生直前の同日午前一一時二五分ころまで作業を行っていた場所(以下、「第二現場」という。)は、D点から東方約一八メートル(本件階段部分の東端から東方約四・四メートル、第三棟局舎から約一三〇メートル先)の地点である。

三  洞道内の電話ケーブルの敷設状況

まず、局内洞道と引き込み洞道は、局内洞道入口付近からD点付近に至るまでの間、各洞道中央部分に設置されているチャンネルラック(電話ケーブルのチャンネル〔受金物〕を支える支柱)により左右に仕切られており(このうち引き込み洞道の東側の空間部分に通じる部分を、以下、「B通路」、同西側の空間部分に通じる部分を、以下、「A通路」という。)、各通路の両側には上下数段に設けられたチャンネル上に多数の電話ケーブルが敷設され、各電話ケーブルは局内洞道内において上方に向きを変え、その天井部分を突き抜けて第三棟局舎一階へ引き込まれている。

このうち引き込み洞道においては、Cマンホール付近で局内洞道から敷設されてきた電話ケーブルの一部が一旦上方に向かったのち管路(電話ケーブル等を通すための管が多数並んだものであって地中に埋設されているもの)内に引き込まれ、同管路はDマンホール方向に向かっている。引き込み洞道のA・B点とC点間における電話ケーブルは、B通路東側部分には八段二一条、同通路西側部分には五段一四条、A通路東側部分には八段一九条、同通路西側部分には五段一六条が各敷設されている。

上町洞道においては、引き込み洞道A通路に敷設された電話ケーブルがDマンホール付近で概ね右に折れて上町方面に向かっている。

三軒茶屋洞道においては、引き込み洞道B通路に敷設された電話ケーブルがDマンホール付近で概ね左に折れ、本件階段部分を降りて、三軒茶屋方面に向かっている。三軒茶屋洞道の本件階段部分以東の部分においては、洞道北側部分に八段二四条、南側部分に七段一八条(合計四二条)の電話ケーブルが敷設されている。

四  本件火災による洞道内の焼損状況

局内洞道においては、引き込み洞道から東方約五・五八メートル先の地点まで電話ケーブルの絶縁部が溶けて燃焼しており、約三八〇平方メートルの範囲で壁体が焼損している。

引き込み洞道においては、Aマンホール・Bマンホール直下の部分を除き、全般的にその焼損が著しい。電話ケーブルを支えているチャンネルラックが倒れたり、湾曲したりし、或いはチャンネルラックに取り付けられているチャンネルが湾曲したりして、電話ケーブルが洞道路面に脱落しているものも少なくない。また電話ケーブル自体もその被覆が焼失し、中に収納されているケーブル心線が露出している部分もある。火災熱のため各所で天井のコンクリートが剥離・落下している。

上町洞道においては、D点から西方約五〇メートル付近に至ると電話ケーブルの被覆に溶解が認められる程度となるが、同所からD点に近接するほど次第に焼損の度合いが強くなり、D点から西方約三〇メートル付近で電話ケーブルの被覆の焼失や天井のコンクリートの一部剥離が認められ、D点西方約一〇メートル付近では天井及び左右壁面のコンクリートの剥離が強くなり、更に上町洞道が引き込み洞道に交わるD点付近ではチャンネルラックが湾曲し、チャンネルが変形するなどして、電話ケーブルが脱落し、あるいはケーブル中の心線が露出しているものも存する。

Dマンホールにおいては、同所に敷設されている電話ケーブルの被覆はすべて焼失し、心線が多数露出しており、天井等からもコンクリートの剥離がみられ、洞道路面には、剥離したコンクリートが散乱堆積している。

三軒茶屋洞道においては、D点から東方約五〇メートル付近に至ると電話ケーブルの被覆に変形・溶解が認められる程度となるが、同所からD点に近接するほど次第に焼損の度合いが強くなり、D点から東方約四〇メートル付近で電話ケーブルの被覆の焼失や天井のコンクリートの一部剥離が認められ、D点東方約三〇メートル付近から以西部分は電話ケーブルの被覆が全て焼失し、更にD点東方約二〇メートル付近から以西部分は天井のコンクリートの深く広範な剥離が認められ、電話ケーブルの一部に脱落が認められるほか、電話ケーブルのうちアルミ内装ケーブル(PFCケーブル、FLAケーブル)については、内装部分も焼失し心線が赤銅色を呈して露出している。更に本件階段部分では、北側のチャンネルラックが大きく湾曲して倒れ、電話ケーブルが全部階段上に脱落するとともに、左右の壁面に広範なコンクリート剥落が認められる。

五  洞道内への立ち入り状況と火気の使用状況

ところで、本件各洞道は、前述のとおり地中に電話等の通信ケーブルを敷設するために設けられたものであって、もとより一般人の立ち入りが認められず、前記二において判示したとおり本件各洞道には前記の各マンホールを含め、各所に地上と接するマンホールが設けられているが、いずれもマンホールの鉄蓋に鍵が掛けられるなどしているため、第三棟局舎の東口地下入口から入る正規の入洞方法以外には、外部から洞道内に容易に立ち入ることのできない構造となっている。

そして、洞道内は、普段は全く人気も火気もなく、洞道内の工事等の必要により時折工事関係者や電話局の職員等が局舎地下入口から立ち入ることがあるものの、その際には事前に「とう道入出通知票」に記載して世田谷電話局第一電話設備課に提出し、同課の許可を得た上、前記局舎地下入口から立ち入ることとなっており、しかも同入口には電子錠が設置されて正しく暗証番号を押さなければ入洞できない仕組になっており、本件当時、右暗証番号を了知していたのは、世田谷電話局の一部職員と工事請負業者の若干名であった。

本件火災発生当日、前記局舎地下入口から洞道内に入った工事関係者は、明和通信工業株式会社(以下、「明和通信」という。)の線路部門担当作業員である被告人両名のほか、明和通信の作業員のCとDの二名であったが、CとDは本件火災現場から更に東方の共同溝内で作業をしており、Dは共同溝の入口から溝内に入り、本件火災現場付近の洞道内を全く通行しておらず、また、Cは、午前一〇時ころ局舎地下入口から洞道内に入ったが、寄り道をせずに三軒茶屋洞道を通過して前記共同溝内の作業現場へ向かい、その後本件火災発生を知るまで同現場で作業を続けていた。

第二出火場所の特定

一  特に激しい焼損部分

本件火災による洞道内の焼損状況は、前記第一の四において判示したとおりであるが、電話ケーブルの被覆の焼失、心線の露出、天井のコンクリートの剥離等の状況に徴して、特に激しい焼損部分が認められるのは、Dマンホール付近とD点東方約二〇メートル付近(ほぼ第二現場付近)から以西部分である。

ところで、弁護人は、(1) 実況見分調書の写真等によれば、Dマンホール付近の焼損状況が最も激しかったとみるべきであり、(2) 第二現場における天井等のコンクリート剥離状況が著しいのは、同所付近で被告人両名の使用していたトーチランプ二個が爆裂したからである旨指摘するが、関係証拠によれば、確かにDマンホール付近における電話ケーブル等の焼損状況が激しいことは認められるものの、本件火災直後に洞道内に入り全般的な焼損状況を見分した関係者は、一致して第二現場付近の焼損状況が最も激しい旨供述しており、殊に消防関係者として本件火災の出火原因の調査を担当した証人Eは、第二〇回ないし第二二回各公判調書の供述記載部分において、① 電話ケーブルの変色・破損状況、② ケーブルラック(チャンネル)の変色・変形状況、③ 天井や内壁面の変色・コンクリートの剥離状況等からみて、本件各洞道の中では第二現場付近が最も激しく焼損していた旨証言しており、同証言はその専門的見地に照らし極めて説得力に富むものであり、また、第一五回公判調書中の証人Fの供述記載部分と第二一回公判調書中の証人Eの供述記載部分によれば、第二現場における天井等のコンクリートの剥離状況につき、トーチランプ二個の爆裂による影響は殆ど存しないことが認められるのであって、これらの事実に徴すると、本件洞道内においては第二現場付近の焼損状況が最も激しいものであったと認定せざるを得ない。

二  第二現場付近の電話ケーブルの焼損状況

関係証拠によれば、第二現場付近の電話ケーブルの焼損状況は、同ケーブルのポリエチレンの外被がすべて焼失し、アルミ内装ケーブル(PECケーブル・FLAケーブル)と認められるものの大半が内装も焼失して心線が露出しており、鋼板内装ケーブル(STケーブル・FSTケーブル)と認められるものについては、洞道北側部分のIYケーブルより以上の段に敷設された電話ケーブルがすべて内装も破裂しているのに対し、洞道南側に敷設された鋼板内装ケーブルの大半が破裂していないことが認められ、これらの事実に徴すると、第二現場付近においては明らかに洞道北側部分が洞道南側部分に比して激しい火勢を蒙ったことを推認することができる。

三  第二現場付近の残存物

関係証拠によれば、第二現場付近の残存物としては、南北両側に取付けられたケーブル用ラック上に被覆の焼失して心線が露出したアルミ内被ケーブル等が存するほか、天井面のコンクリートが深い剥離状況を呈し、通路上には落下したコンクリート破片、電気配線等が多数存し、鉛の溶融物が広く散在し、工事用工具類、防護シート片、布片、蛍光灯カバー等が焼損して散乱していることが認められるところ、弁護人は、右の各残存物の位置関係、鉛の融点(約三二七度)等に徴して、第二現場付近においては、まず火災のため天井の電力ケーブルの止め金具や蛍光灯が溶解して落下した後に電話ケーブル接続部の鉛管が溶解し、その溶融鉛塊が右電力ケーブルや蛍光灯カバーの上に落下したものとみるべきである(したがって、本件火災は第二現場以外の場所で出火し、その火炎が天井を這って第二現場に至ったものと考えるのが自然である。)旨指摘するが、関係証拠によれば、第二現場付近は、本件火災発生後間もなく、多数の消防関係者らが消火活動等のため出入りし、消火のための放水(ストレート注水と噴霧注水)を行い、また消火用ホースの通り道となったことなどが認められ、殊に第二現場付近の通路上の残存物に関しては、人の出入りや放水等により当初の位置が変動していることは見易いところであり、実況見分調書添付の写真等により認められる第二現場付近の残存物の状況をもって出火直後の同状況とみることはできないのであるから、これをもって本件出火場所を推認することはもとよりできないと言わざるを得ない。

四  専用回線異常感知記録

関係証拠によれば、本件火災により焼損した電話ケーブル中には金融機関等の企業が使用する専用回線が収納されており、同回線に異常が発生した場合には、各企業備付のコンピュターに異常発生時刻が自動的に記録されるシステムになっているところ、本件火災当日の午前一一時四五分前後ころから午後零時過ぎころまでの間、多くの企業において異常の発生がコンピュターに記録されたこと、そして右専用回線異常感知記録を捜査機関において各社から収集した上、これを各回線が収納されている電話ケーブルとの対応関係で整理したこと(各企業から寄せられた原データが司法警察員作成の捜査報告書〔甲一六五〕であり、これを読み取り整理したものが司法警察員作成の捜査報告書抄本〔甲六七〕である。)などが認められる。なお、右専用回線異常感知記録自体からでは、各回線の発信地から着信地までの間のどの部分に生じた異常であるのかにつき特定することはできないが、右異常感知状況が概ね時刻を同じくして一斉に発生していることなどからみると、本件火災以外に右異常の原因を考えることができないから、右異常は本件各洞道内又は管路に敷設されたケーブル、すなわち世田谷電話局と各企業の端末とを結ぶ市内ケーブルか又は世田谷電話局と他の電話局とを結ぶ中継ケーブルのいずれかに発生したものであると認定せざるを得ない。

そこで、更に、司法警察員作成の前記捜査報告書〔甲一六五、甲六七=抄本〕により認められる各電話ケーブルの異常発生時刻と司法警察員作成の捜査報告書〔甲七七〕により認められる各ケーブルの敷設場所との関係を総合的に判断すると、以下(1)ないし(4)において判示するとおり、右異常発生のうち最も早期の午前一一時四〇分台の異常発生は、その大半が三軒茶屋洞道の北側部分(又は引き込み洞道B通路東側部分)に敷設された電話ケーブル内に収納されている電話回線に集中している事実が認められ、右の事実に徴すると、右各部分が出火場所に近接していたことを推認することができる。

(1) 三菱銀行の専用回線

関係証拠によると、同銀行の市内ケーブルはISケーブルとIQケーブルの二本に収納されており、中継ケーブルは各洞道の各部分に散在しているが、ISケーブルの端末のコンピュターは同日午前一一時四六分〇〇秒に初めて異常を感知したのを皮切りに同日午前一一時五〇分一二秒までの間に二一四回線で異常感知を記録し、IQケーブルの端末のコンピュターは同日午前一一時四八分〇五秒に初めて異常を感知したのを皮切りに同日午後零時〇七分〇三秒までの間に三八七回線で異常感知を記録しており、各中継ケーブルはいずれも本件各洞道の様々な部分に散在していることが認められ、これらの事実に徴すると、時期をほぼ同じくして発生した上記各異常は、いずれも三軒茶屋洞道北側部分(又は引き込み洞道B通路東側部分)に敷設されているISケーブル及びIQケーブル(これらはいずれも本件で問題となっている後記IYケーブルの二段上のほぼ真上部分に敷設されている。)の異常発生にそれぞれ起因するものであるとみることができる。

(2) 総合警備保障池袋ガードセンターの専用回線

関係証拠によると、同センターの専用回線の異常感知記録は同日午前一一時四〇分台が二一回線でみられ、うち早期異常感知の一九回線は市内ケーブルか中継ケーブルのいずれかが三軒茶屋洞道北側部分(又は引き込み洞道B通路東側部分)に敷設されており(更に、そのうち一一回線は市内ケーブルと中断ケーブルのいずれもが三軒茶屋洞道北側部分〔又は引き込み洞道B通路東側部分〕に敷設されている。)、残る二回線は市内ケーブルが三軒茶屋洞道南側部分(又は引き込み洞道B通路西側部分)に敷設されていることが認められ、少なくとも、三軒茶屋洞道北側部分(又は引き込み洞道B通路東側部分)に敷設された電話ケーブルがいずれも一一時四〇分台のかなり早期に異常を感知する状況にあったことが認められる。

(3) セコムの専用回線

関係証拠によると、同社の専用回線の異常感知記録のうち同日午前一一時四〇分台のものは、本件火災と無関係と思われるものを除くと、いずれも三軒茶屋洞道北側部分(又は引き込み洞道B通路東側部分)に敷設されたIOケーブルとINケーブルの各回線においてみられ、中継ケーブルが本件各洞道の部分に散在していることが認められ、同社関係の一一時四〇分台のデータは、いずれも三軒茶屋洞道北側部分(又は引き込み洞道B通路東側部分)に敷設された電話ケーブルにおいて異常感知されたものと認められる。

(4) その他の専用回線

その他の専用回線のうちで同日午前一一時四〇分台に異常を感知しているのは、セントラルシステム警備の専用回線の二データ、第一勧銀、富士警備、東邦薬品の各専用回線の各一データであるが、セントラルシステム警備の一一時四九分の異常感知分(市内ケーブルは三軒茶屋洞道南側部分〔又は引き込み洞道B通路西側部分〕に、中継ケーブルは管路に各敷設されている。)を除き、他のデータについては、いずれもその市内ケーブルか又は市内ケーブルと中継ケーブルの両方が三軒茶屋洞道北側部分(又は引き込み洞道B通路東側部分)に敷設されていることが認められる。

五  ガスアラームシステムの異常打ち出し記録

弁護人は、電話ケーブル内のガス圧を監視するシステムのガス圧遠隔監視システム(以下、「ガスアラームシステム」という。)が、本件火災に際し、そのケーブル損傷に伴う異常を記録しており、右記録によれば、最初に異常打ち出しがあったのは引き込み洞道A通路からDマンホールを経由して上町洞道へと続くOAケーブルであり、また上町洞道方面に向かうケーブル群と三軒茶屋洞道に向かうケーブル群とでその異常感知時刻を比較すると前者の方が後者よりも早い時期に異常を感知しているから、本件火災の出火場所は第二現場ではなく、引き込み洞道A通路からDマンホールを経て上町洞道に至る範囲内である旨指摘し、司法警察員作成の捜査報告書〔甲一八一、二二六〕、第二六回公判調書中の証人Gの供述記載部分末尾添付の資料や、証人Hの当公判廷における供述(調書末尾添付の一覧表を含む。)によると、弁護人主張の異常打ち出し記録が存在していることが認められる。

しかし、現に日本電信電話株式会社においてガスアラームシステムの開発に携わっている前記Gの証言によれば、もともとガスアラームシステム自体は、異常な電話ケーブルを発見することに主眼があり、複数の異常がある場合にどのケーブルが先に異常を引き起こしたかを知ることを目的としたものではないため、個々のケーブルから異常データを収拾した時間的順序と表示部においてその異常結果をアウトプットする順序とが一致するように設計されておらず、したがって、異常打ち出し記録の時間やその先後関係は必ずしも現実の異常感知の時間やその先後関係を反映したものではない(最悪の場合、複数の異常の表示時刻の間に現実の異常の時間差より四二〇秒近い誤差が生じる可能性がある。)こと、加えて、本件の場合には、記録打ち出し状況の異常さからすると、本件火災のため、ガスアラームシステムの監視部に供給されている電圧が相当低下し、そのためコンピュターが機能障害を起こして誤った情報をアウトプットしていた疑いもある(例えば、弁護人指摘のOAケーブルは、同打ち出し記録によれば世田谷電話局から三キロメートル先で異常を感知したことになっている。)ことなどが認められ、右認定に反する証人H及び被告人Aの当公判廷における各供述は採用することができず、右の事実に徴すると、ガスアラームシステムの異常打ち出し記録を根拠として出火場所を推認することはできないと言わざるを得ない。

第三出火原因

一  検討を要する出火原因

ところで、前記認定にかかる第一の客観的事実関係及び第二の出火場所の特定における諸事実に鑑みると、本件火災の出火原因として検討を要するものは、① 被告人らの吸った煙草の火の不始末による出火、② 不法に洞道内に侵入した第三者による放火、③ 電気的原因による出火、④ 被告人らの作業による出火、の各点であって、これ以外に本件火災の出火原因として検討すべき点は存しない(なお、弁護人において出火原因として指摘するのは、②と③の各点である。)。

そこで、まず、煙草の火の不始末による出火の可能性について検討するに、関係証拠によれば、被告人両名は、いずれも本件当日午前一〇時三〇分ころ第一現場付近において、洞道内では禁止されている煙草の喫煙を行い、それぞれ飲み残しのコーヒー缶の中や洞道内通路横の水溜まりの中に吸殻を捨てて消火したこと、更に、被告人Aは、午前一一時二五分過ぎころ、第二現場を離れて局舎へ移動する際、洞道内を歩きながら煙草の喫煙を行い、吸った煙草の火を踏み消して吸殻をズボンのポケットに入れて洞道外に持って出たこと、などの事実が窺われるところ、東京理科大学火災科学研究所長教授F作成の鑑定結果報告書〔甲七一〕及び第一一回公判調書中の同人の証言記載部分によれば、仮に本件洞道内において火の付いた煙草が布類にくるまれ、或いは布上に落ちた場合を想定すると、発炎に至るまでには少なくとも三〇分程度を要するものと考えられ、この点からみると、前記各喫煙時間と本件火災発生時間との関係上、被告人らの喫煙と本件出火原因とを結び付けることはできず、また、警視庁科学捜査研究所物理科主事Iら作成の鑑定書〔甲一四六〕によれば、被告人らが当時着用していたものと同じ材質の作業衣のポケットに無煙燃焼中の煙草の吸殻を入れる実験を行ったところ、煙草の燃焼熱で当初はポケットに着火して作業衣も無煙燃焼するものの、この燃焼は継続せず煙草の燃焼が終わると自然消火に至ったことが認められ、右事実に徴すると、本件において仮に被告人らが喫煙した煙草の火を消さずに作業衣のポケットに入れる不始末があったとしても、これが本件出火原因に結び付くものと考えることはできない。

つぎに、不法に洞道内に侵入した第三者による放火の可能性について検討するに、本件洞道への一般人の立ち入りが極めて困難な状況であったことは、前記客観的事実関係の五において既に認定したとおりであり、加えて関係証拠により認められる本件洞道に通ずる各マンホールの場所的状況(世田谷電話局の敷地内と人通りの多い歩道・車道上に存在する。)及び本件火災の発生した時間帯を併せ考慮すると、本件火災発生当時、本件洞道に通ずる各マンホールや局舎地下入口から第三者が不法に侵入する事態を想定することができず、また、関係証拠によれば、本件洞道から東方先に存在する共同溝については、その鍵の管理が本件洞道の場合ほど厳格なものではなく、現に当日午前中同所で作業をしたCとDにおいて共同溝の入口の蓋を少しずらすような形で開けたまま午前一一時四〇分過ぎころ食事のため外に出ていることが窺えるものの、右時刻は本件火災発生後であることが明らかであり、しかも同時刻まで右両名が作業をしていたことからみて、共同溝から第三者の不法侵入の事態を想定することもできないと言わざるを得ないから、結局、以上いずれの点からみても、本件火災の出火原因に関し、第三者が不法に洞道内に侵入した上放火を行った可能性を想定することは全く非現実的であると断ぜざるを得ない。なお、弁護人は、過激派による電話ケーブル切断等の闘争の可能性を指摘するが、過激派の右闘争は本件火災発生時から数年後の現象であって、本件火災の発生に過激派の行動が何らかのかかわりを有する事情を全く窺うことのできない本件においては、弁護人のこの点の指摘は単なる憶測の域を出ないものと言わざるを得ない。

二  電気的原因による出火の可能性

(1) 弁護人は、① 被告人Bが、本件火災発生当日午前一〇時前ころ、C分電盤室にある「あ」分電盤の四つのスイッチのうち最も下の位置にあるコンセント回路に接続するスイッチ(以下、「本件スイッチ」という。)を「ON」に入れようとした際、同スイッチは既に中央部(ニュートラルの状態)にあったから、漏電又は過電流により既に漏電遮断器が作動したことを示す、② 警視庁科学捜査研究所物理科主事Iら作成の鑑定書〔甲一四八〕には、本件階段部分のうちD点東方約四メートルの位置付近で天井から垂れ下がっていた八スクエア二芯CVの電力ケーブルに電気的溶断痕跡が認められると記載されており、これは一次痕(火災熱を受ける以前に短絡によって発生したもの)であるから、前記コンセント回路の漏電部分であった可能性が強い旨指摘する。

(2) ところで、右の各点の検討に先立って、本件洞道内における電気設備・配線等の状況についてみるに、関係証拠によれば、本件火災発生の僅か数か月前に本件洞道内における電気設備・配線等につき大幅な整備・更新が行われ、その際、各設備、配線等の安全性につき十分な検査が行われていることが認められる。すなわち、第二三回公判調書中の証人Jの供述記載部分、第二九回、第三〇回各公判調書中の証人Kの各供述記載部分、第三〇回、第三一回各公判調書中の証人Lの各供述記載部分、押収してある「赤坂局外六局加入者施設整備工事一件書類」一冊(昭和六三年押第四七四号の8)、「昭和五八年度赤坂局外六局整備取替工事(線土五八〇三)一件書類」一冊(同号の9)等を総合すると、① 日本電信電話公社東京港地区管理部線路保全課においては、昭和五八年当時本件洞道内の照明回路・コンセント回路関係の電気配線等に使用されていたIVケーブルをより絶縁性の高いCVケーブルに変更し、併せて分電盤等の電気設備を撤去・新設したりするため、工期を昭和五九年三月八日から同年九月一二日まで(当初の同年六月五日までをその後延長)とする工事(昭和五八年度赤坂局外六局整備取替工事〔線土五八〇三〕)を企画し、同工事の施工を石松建設株式会社に委託し、右石松建設においては電気設備に関する工事の施工を協力会社である大光電設株式会社に更に委託したこと、② 大光電設においては、Lが現場責任者として、本件洞道内における電気設備、電気配線等につき大幅な撤去・移設・新設を行い、C分電盤室から引き込み洞道・Dマンホール部分を通過して三軒茶屋洞道を走る電力ケーブルに関し、本件火災当時第二現場付近に敷設されていた九ケーブル(その内訳は、三〇スクエア一本、一四スクエア一本、八スクエア二本、五・五スクエア一本、三・五スクエア三本、二スクエア一本)のうち五ケーブルはこの工事により新設されたものであり、殊に八スクエアの電力ケーブル二本(一本は照明回路、一本はコンセント回路)はいずれもこのときに新設されたものであること、③ 右Lは、同工事に際し、同年四月一三日に仮設中の新設電力ケーブルに対し導通試験・絶縁試験を、また電気関係の工事のすべて終了した同年七月二六日には新設・既設を問わず本件洞道内における電気設備全部を対象として導通試験・絶縁試験・照明回路動作試験・コンセント回路動作試験等必要とされる各種検査をそれぞれ実施した結果、本件階段部分から三軒茶屋方面に走る前記八スクエアの電力ケーブル二本を含め本件洞道内における全電気設備につき漏電や地絡は存せず、漏電遮断器や配線用遮断器も確実に動作していて、特に異常と目される点のなかったことが確認されたこと、④ なお、線間絶縁の有無に関しては、四月一三日の検査の際に線間絶縁試験を実施し、配線終了後の七月二六日の段階ではこれを実施していないが、これは少なくとも照明回路に関しては既に回路構成等がすべて組み上がっていて無理である上、漏電遮断器等も正常に作動することが確認されたので、実施する必要がないと判断したためであること、⑤ 更に、電力ケーブルについては、右の諸検査において異常が発見されなかったことに加え、工事の段階でもケーブルを人の手で引っ張って架設していく際に、一本一本全部拭きながら留めていく作業過程を経るので、ケーブル被覆に劣化に至る傷等があれば当然その場で発見され得るであろうし、また右Lにおいては、脚立等を使用して目視の方法でも傷の有無を自主点検し、その際にも被覆の傷が発見されなかったので、今回新設された各電力ケーブルに短期間で劣化に繋がる傷が生じたものとは考え難いこと、⑥ なお分電盤等の電気設備については、同年六月一三日に日本電信電話公社東京港地区管理部の担当者による検査が実施されて、正常に作動されていることが確認されていること、などの事実が認められる。

右認定の諸事実に徴すると、右Lが最終検査で電気設備、電気配線等に異常のないことを確認した昭和五九年七月二六日から本件火災発生までの期間が僅か四か月にも満たないのであって、本件洞道内における湿気が相当高度であることなどの特殊な状況を考慮に入れるとしても、右の短期間に電力ケーブル等が自然劣化し、これが電気火災の原因を形成するに至るものとは考えられず、また、前記工事の過程で電力ケーブルの劣化を招く傷が形成されたことを窺うことのできない本件においては、電力ケーブルの被覆に関する支障が電気火災の原因に結び付くものと考えることは極めて困難であると言わざるを得ない。

また、この点の検討に際しては、漏電遮断器・配線用遮断器の作動状況についてもみる必要があるところ、関係証拠によれば、各電気配線に接続されていた漏電遮断器・配線用遮断器が少なくとも昭和五九年七月二六日の前記検査の時点で正常に作動していたことは明かであるとともに、本件火災発生後の実況見分の時点で、弁護人指摘のC分電盤室にある「あ」分電盤(弁護人指摘の八スクエア電力ケーブルはこれに接続)の配線用遮断器(過電流・漏電のいずれにも感応する。)の三つのスイッチがいずれもニュートラルの状態であったことが認められ、右の事実に徴すると、本件火災発生当時、配線用遮断器が正常に作動したものと窺われるところであり、更に、第二三回公判調書中の証人Jの供述記載部分によれば、右「あ」分電盤に設置されている各配線用遮断器の定格電流はいずれも一五アンペアの低い数値であって、わずかな過電流や漏電にもかなり鋭敏に感応する(第三六回公判調書中の証人Mの供述記載部分によれば、まず漏電に関しては、普通の漏電遮断器〔漏電対応機能を有する配線用遮断器を含む。〕は三〇ミリアンペアで感応するから、日本火災学会において調査した結果判明した漏電火災の通常の漏電電流五〇〇ミリアンペアにはほとんど感応し得るし、また過電流に関しては、定格電流一五アンペアの配線用遮断器の場合、定格の二倍の三〇アンペア程度でも二分以内に作動する。)ことが認められ、これらの事実を併せ考慮すると、仮に何らかの原因で弁護人指摘の八スクエア電力ケーブルに漏電・地絡・過電流等の電気的異常が発生するとしても、その場合には直ちに前記配線用遮断器等が作動するため、電気火災が発生する事態に至る可能性は極めて低いと言わざるを得ない。

そして、当裁判所は、この点を更に実験等により客観的に解明するため、科学警察研究所法科学第二部火災研究室主任研究官兼法科学研究所助教授・警察庁技官Mに対し、「八スクエア二芯CVの電力線の被覆が心線間の絶縁劣化により燃焼する可能性があるか否か」などを鑑定事項として鑑定依頼をしたところ、同鑑定人は、裁判所・検察官・弁護人との再三の打合せに基づき、鑑定実験の条件設定等に関する弁護人の意見等をも十分に酌み入れた上(その経過については、本件記録中の「鑑定についての期日外打合せ調書(第一回)」ないし「同(第五回)」に明らかである。)、長期間にわたり多大の労力を費やし、想定し得る様々な条件設定の下に種々の実験を試みたが、電力線の燃焼をみることなく終わった次第であって、その経過及び鑑定内容を記載した同鑑定人作成の鑑定書〔甲二五五〕及び同人の当公判廷における証言において、同人が「定格一五アンペアの遮断器を使用した回路条件のもとでは、八スクエア二芯CVの電力線の被覆が導体間の絶縁劣化により燃焼する可能性は考えられない」旨の鑑定結果を導き出している点については、その鑑定方法の合理性、鑑定の結論に至る論理過程の合理性等に照らして、これを妥当なものとして是認することができる。

(3) そこで、以上の検討結果を前提として、まず、弁護人指摘の①の点につき検討するに、この点の事実に関する証拠としては、被告人Bの昭和六一年二月五日付司法警察員調書中の「一番下のスイッチが中央部にセットされていたのです。私はONに入れようとしましたが動きませんでしたが、二~三回やったら入ったので扉を閉め、換気扇のところに戻りソケットにプラグを差し込んだところ、点灯したのです。」旨の供述記載と、その後の同趣旨の公判段階での供述があるのみである。しかし、同被告人がこの点に関し最初に供述した本件火災発生当日の昭和五九年一一月一六日付司法警察員調書中には、「本件当日午前九時四五分ころ、第一現場で工事用電球のコードをコンセントに入れようとしたところ、電球が点灯しなかったので、電球を交換するため洞道入口方向に赴き、局内マンホール内のコンセントに差し込んで見るとそこでは点灯したので再び引き返し、今度は本件階段部分を上がった辺りのコンセントに差し込んだところここでは点灯しなかったので、C分電盤室にある電灯用低圧器(注=関係証拠によれば「あ」分電盤を指すものと認められる。)を調査してみると、スイッチ(注=この点も、本件火災後の実況見分における被告人Bの指示説明等により、同分電盤の四つのスイッチのうち最も下の位置にあるコンセント回路に接続する本件スイッチであると認められる。)が「OFF(切)」の状態になっていたので、「ON(入)の状態にしたところ点灯した」旨の詳細な供述記載があり、何故その後一年以上も経過した段階において供述が変遷するに至ったのかにつき不明な点が残るのであって、弁護人指摘の前提事実をそのまま是認し得るかにつき疑問があると言わざるを得ない。

ところで、仮に弁護人指摘のように被告人BがC分電盤室に来たときには本件スイッチが既にニュートラルの状態になっていた事実を前提としてみると、関係証拠によれば、その原因として、(a) 漏電、(b) 過電流、(c) 試験用スイッチの押し間違いなどの可能性が考えられるところ、(c)はその可能性が低いので除外することとし、(a)については、仮にこれが原因であるならば、配線用遮断器が正常に機能している状況の下で、その後通電が可能な状態になった後本件火災が発生するまでの間に再び配線用遮断器が全く作動することなく漏電が継続する事態はおよそ考えられないところであるから、これも除外せざるを得ない。そうすると、(b)の過電流による可能性の場合が残るのであるが、関係証拠によれば、過電流が発生する原因については、電気設備・電気配線等の異常のほかに、過負荷(これは家庭でもよく起こる事態)、負荷側の絶縁低下(例えば、負荷側の器具そのものの絶縁が劣化していたり、絶縁自体は良好でも水等がかかったりして一時的な絶縁低下を来したりする場合)などが考えられ、そして過負荷や負荷側の絶縁低下については、本件火災発生の前日までに他の工事関係者等によりそのような事態が発生させられて、その後通電が回復されることなく配線用遮断器がニュートラルの状態のまま本件当日に至ったことも考えられないではないが、いずれにせよ仮に過電流が電気火災の発生に至る規模の電気設備・電気配線等の異常(絶縁低下)を来したとするならば、被告人Bにおいて本件スイッチを上下に動かしたとしても容易にONに入ることはなく、仮にONに入ったとしても定格電流一五アンペアの配線用遮断器が接続されている本件配線状況の下では当然早期に配線用遮断器の作動することが認められ、右の事実に徴すると、前記ニュートラルの状態が過電流に起因したとしても、それが本件火災の原因に結び付くものとみることのできないことは明らかである。

つぎに、弁護人指摘の②の点につき検討するに、関係証拠によれば、本件階段部分のうちD点東方約四メートルの位置付近で天井から垂れ下がっていた八スクエア二芯CVの電力ケーブルに電気的溶断痕跡が存在したことが窺われるところ、これを直接に撮影した写真が一切存せず、また、これにつき点検調査を何ら行われていない本件においては、右痕跡につき詳細な検討を加えることのできない点は遺憾であるとはいえ、しかし関係証拠によれば、右痕跡は弁護人指摘のような一次痕(火災発生の原因となった短絡の痕跡)ではなく、二次痕(火災による電力ケーブル被覆の焼失等により絶縁が劣化して短絡を起こし、そのためにできた痕跡)であったものと認められる。すなわち、前記(2)において判示したとおり、弁護人指摘の八スクエア二芯CVの電力ケーブルは新設されたばかりのものであり、しかも定格電流の低い数値の配線用遮断器に接続されていることなどから、もともと短絡により火災が発生し得る余地が極めて少ないこと、加えて、鑑定人Mによる「定格一五アンペアの遮断器を使用した回路条件のもとでは、八スクエア二芯CVの電力線の被覆が導体間の絶縁劣化により燃焼する可能性は考えられない」旨の鑑定結果等が肯認されること、更に、仮にそれが一次痕であるとするならば、当然火災発生に至るまでには相当な煙、臭気、音等の生ずることが窺われるところ(その状況は、前記M作成の鑑定書添付の実験ビデオにより推認される。また、弁護人が弁論で引用する片山史郎ほか「難燃化ケーブルとその評価」(タツタ電線技報No.一〇所収)と題する論文によれば、本件電力ケーブルと同様のCVケーブル〔架橋ポリエチレン絶縁ビニルシースケーブル〕につき、それぞれ二〇〇アンペア、三〇〇アンペア、四〇〇アンペア、一〇〇〇アンペアを通電する過電流燃焼実験を実施したところ、「すべての電流で通電時間の経過と共に端末部から発煙が始まり、分解物が流出する。更に発生ガスによりシース中央部が破裂し、激しい発煙を伴って分解物が噴出し発火に至る。」という結果が得られ、また、その最初の発煙の時間と発火の時間との時間差は電流が小さくなるほど長くなり、二〇〇アンペアの場合にはその時間は約六分であったことなどが窺われるのであり、これによると、本件のように定格一五アンペアの配線用遮断器に接続されている場合には、その時間は更に長くなるものと考えられる。)、本件では火災発生直前まで電気的溶断痕跡の地点に近接した場所で被告人両名が作業を行い、かつ、両名は第二現場から局舎に戻る際に同地点の真下を通過しているのに、両名とも右の煙、臭気、音等の異常な点を感知した旨の供述を一切していないこと、そして、第二現場を出火場所とした場合においては、本件洞道の構造、火勢の状況等からみて、前記電気的溶断痕跡の地点で二次痕が発生することも十分あり得ること、などの事実が認められるところであって、これらの事実に徴すると、弁護人指摘の電気的溶断痕跡は一次痕ではなく、二次痕と認めざるを得ない。

第四被告人両名の作業による出火の可能性

一  被告人両名の解鉛作業の手順

関係証拠によれば、被告人両名は、いずれも通信線路工事の設計施工等を目的とする前記明和通信の線路部門担当作業員として、同社の元請け会社の大明電話工業株式会社(以下「大明電話」という。)が日本電信電話公社(現日本電信電話株式会社)東京電気通信局から受注した「昭和五九年度世田谷局ユニット増設工事その二の二工事(線路)」の一環として、昭和五九年一一月初旬から、同工事によって敷設された電話ケーブルの「IYケーブル」内にある断線箇所を発見するため、共同して、同ケーブルにつき解鉛作業を行い、局舎側の作業員と連絡を取り合いながら、局舎から接続箇所までのケーブル心線のそれぞれに電流が流れるか否かを確認するという断線探索作業に従事していたものであることが認められ、また、右の解鉛作業の手順等に関しては、以下の事実が認められる。すなわち、被告人らが判示第二現場で行った作業は、「解鉛」又は「解鉛作業」と称されるものであって、後記断線探索作業を行うため、洞道内に敷設された電話ケーブルの接続部に対して、これを保護している鉛管接合部をトーチランプの炎により溶解し、鉛管を開披してケーブルを露出させるという作業であるが、詳細は以下のとおりである。

まず、ケーブル接合部(ケーブルの心線と心線とを接続している部分)の構造は、心線接続部を防護シートが直接覆って保護し(綿テープで防護シートを固定)、この防護シートを更に覆う形で直径約二〇センチメートル、長さ二五センチメートルの円筒形の鉛管二個が中央でハンダ付けによって結合され(これを「主鉛管」という。)、更に、この主鉛管の左右にケーブルの直径にほぼ匹敵する長さ約一五センチメートルの鉛管(これを「補助鉛管」という。)が各一個主鉛管の両端とハンダ付けによって結合されケーブル接合部を保護する構造になっている。

そして、右解鉛作業は、通常、作業員二名で行い、その作業手順は

(1) 電話ケーブルのチャンネルをスパナでゆるめ取り外す。

(2) 防護シートを広げて主鉛管部の下の電話ケーブルを覆うように掛け、左右の端に結んだ紐を引っ張り、それぞれ外側のチャンネルに結びつけて拡張する。

(3) 二個のトーチランプに点火する。

(4) 補助鉛管の外側のクレモナ(黒ひも)を切断する。

(5) 主鉛管を通路側に引き出す。

(6) 主鉛管部に千枚通しで二箇所穴を開けてガス抜きをする。

(7) 各人がトーチランプ各一台を持って、左右の補助鉛管と主鉛管との接合部のハンダをそれぞれ溶解する。

(8) 一人がトーチランプで主鉛管の中央接合部のハンダを溶解し、この間他の者が主鉛管溶解作業をし易くするため主鉛管を抱えて回転させる。

(9) 主鉛管溶解終了後、主鉛管の二つの部分をそれぞれ左右に移動し、主鉛管の端が電話ケーブルを傷めないようウエス(ぼろ布)を鉛管とケーブル被覆との間に挟み込んで主鉛管各部を固定する。

(10) 露出した心線部につき、まず防熱シートを固定する綿テープを外し、更に心線を覆う防熱シートを取り外す。

というものである。

なお、右解鉛作業に使用するトーチランプは、被告人らが現に使用した物に関して言えば、いずれもガソリンを燃料に用いるものであり、手動ポンプでガソリンタンク内を加圧し、ガソリンをノズルから気化状態で噴射させ、これにライター等で点火してガソリンを燃焼させる構造であって、火炎の調節はスピンドル(ニードル弁)の回転によってバーナーバルブを開閉する形で行う仕組みになっている。

二  被告人両名の作業状況

そこで、関係証拠によれば、本件火災発生当日の被告人両名の作業状況については、以下の事実が認められる。すなわち、本件火災発生当日、被告人両名は、午前九時三〇分ころ、世田谷電話局第三棟東口の地下から洞道内に入り、局内マンホールから引き込み洞道を通って三軒茶屋洞道に至り、午前九時四〇分ころ前記第一現場(D点から東方約二五〇メートルの地点)に到着した後、同所のIYケーブルにつき断線探索作業を行ったが、断線箇所を発見するに至らなかったため、同日午前一〇時三五分ころ、前記第二現場(D点から東方約一八メートル〔本件階段部分の東端から東方約四・四メートル、第三棟局舎から約一三〇メートル先〕の地点)に移動し、午前一〇時四五分ころ、同所のIYケーブルにつき断線探索作業を開始した。

そして、被告人両名が行った解鉛作業の具体的手順は、(1) ケーブルのチャンネルをスパナでゆるめ取り外し、(2) 両名で防護シート(材質は木綿及びレーヨンでできており、溶解したハンダ等が直下の別の電話ケーブルを傷めないように使用するもの)を広げ主鉛管部の下にあるケーブルを覆うように掛け、左右の端に結んだ紐を引っ張り、それぞれ外側のチャンネルに結びつけて拡張し、(3) 被告人Bが二個のトーチランプに点火し、(4) 補助鉛管の外側のクレモナ(黒ひも)を切断し、(5) 主鉛管部を通路側に引き出す、という手順で解鉛準備を行った後、(6) 両名がトーチランプ各一台を持ち、被告人Aが本件階段部分側、被告人Bが三軒茶屋方向側に位置して、主鉛管と補助鉛管との接合部のハンダをそれぞれ溶解し、(7) 更に、被告人Aがトーチランプで主鉛管の中央接合部のハンダを溶解し、この間被告人Bは被告人Aの主鉛管溶解作業をし易くするため主鉛管を持って回転させ、(8) 右溶解作業終了後、両名で主鉛管の分離した部分をそれぞれ左右に移動させ、主鉛管の端が電話ケーブルを傷めないようウエス(ぼろ布)を鉛管とケーブル被覆との間に挟み込んで主鉛管各部を固定し、(9) そこで、断線探索作業を開始し、被告人Bが心線を覆っている防熱シートに巻かれている綿テープを取り除き、両名で防熱シートを固定する粘着テープを剥し、更に被告人Aが心線を結んである綿テープを切った、という作業過程であった。

そこで、午前一一時一五分ころ、右接合部において断線箇所が発見されるに至った。

ところで、右接合部については、被告人Aが一週間程前に断線探索をしたのに断線を発見できなかった箇所であったため、同被告人はその責任を感じて精神的に動揺した状態にあった。

その後、被告人両名は、いずれにしても世田谷電話局内に待機している現場監督者の指示を仰ぐ必要があるため、午前一一時二五分ころ、露出した心線の上に防熱シートを掛け、更にその上に被告人Aの作業衣を掛けた上、第二現場を立ち去り、本件階段部分を上がり再びDマンホールを右折し、引き込み洞道B通路から局内洞道を通って、第三棟局舎に戻った。

三  被告人両名の作業による出火の可能性に関する鑑定結果等

ところで、前記一及び二において判示した被告人両名の第二現場での作業状況を前提とした上で、両名の作業による出火の可能性として考えられる点としては、(1) 作業中のトーチランプの炎、溶融したハンダ、鉛管の余熱等によりウエスが燃焼してその火が直接電話ケーブルに燃え移ること、(2) 溶融して防護シート上に落下したハンダが防護シートを炎上させその火が電話ケーブルに燃え移ること、(3) 消火したトーチランプが防護シートその他の可燃物に接触したことにより、トーチランプの余熱がその可燃物を燃焼させてその火が電話ケーブルに燃え移ること、(4) 被告人両名或いはそのいずれかが消し忘れたトーチランプの炎が防護シートその他の可燃物に接触し、その可燃物を燃焼させてその火が電話ケーブルに燃え移ること、などであるが、このうち(1)ないし(3)の各点が出火原因となり得る現実的可能性のないことは、P作成の鑑定実験報告書(その1)〔甲七四〕、同(その3)〔甲七六〕及びI等作成の鑑定書〔甲一四六〕等により認められる東京理科大学及び警視庁科学捜査研究所における各実験結果に徴して明らかである。

そこで、(4)の点の可能性につき検討するに、関係証拠によれば、本件火災発生直後の実況見分において第二現場付近で被告人両名が本件火災直前まで使用していた二個のトーチランプ(解鉛場所から西方約三メートルの北側側溝の地点で一個〔以下、これを写真標識番号に従い「Cいトーチランプ」という。〕、解鉛場所から東方約一・五メートルの南側側溝の地点で一個〔以下、これを写真標識番号に従い「Fそトーチランプ」という。〕、いずれも底蓋が分離したもの)が発見されたことが認められる。そして、N等作成の鑑定書〔甲六九〕によると、Cいトーチランプは、そのバルブ(ニードル弁)が使用後にとろ火状態をほとんど継続しない程度に閉じており、他方、Fそトーチランプは、そのバルブが使用後にとろ火状態を四〇分間前後継続する程度に閉じられており、閉じられてから二三分前後までのとろ火は防護シートに接炎すれば着火する能力を有していたものであることが窺われ、本件火災直後から第二現場付近には消防関係者らが消火活動等を行っていることから、同所に残されたトーチランプに何らかの力が加わってスピンドルの閉じ具合に変化を来すことが全くなかったとは言い切れないこと、また、第八回ないし第一〇回各公判調書中の証人Nの各供述記載部分によれば、スピンドル検査の際に、スピンドルと袋ナットが直角に交差する位置において、スピンドル側と袋ナット側の線条痕が連続する状態で線条痕を引くに当たり、定規も使用せずに釘でこれを行ったことが認められ、右事実に徴すると、その実験方法としては必ずしも正確なものとは言い難い面のあること、などからみて、右の鑑定結果を全面的に信用することはできないが、少なくともFそトーチランプのバルブがとろ火状態を形成し得る程度に閉じられていた限度でこれを採用することが可能である。加えて、O作成の鑑定結果報告書〔甲七三〕によれば、トーチランプのスピンドルがどのような調節位置にあっても、洞道内で加熱を受け、爆裂し衝撃を受けた場合、スピンドルが回転する可能性は考えられず、殊に使用期間が長く磨耗などあったと推定される本件各トーチランプに関しては、その爆裂による衝撃は、実験の場合より小さいものと推定され、スピンドルが回転する可能性はほとんどないことが認められ、また、同人作成の鑑定結果報告書〔甲七一〕によれば、第二現場から採取したIYケーブルの接続部につき、その出火原因となり得る放火、煙草の残り火、ウエスの残り火、落下溶融鉛そしてトーチランプのとろ火の各場合を実験したところ、トーチランプの小さな残り火の場合による可能性が最も高いことが認められる。

更に、P作成の鑑定結果報告書(その2)〔甲七五〕によれば、トーチランプの小さな炎を本件火災時に使用されていたものと同等の防護シートに接炎させると、約二〇秒ないし三〇秒でシートに着火し、比較的短時間で燃焼は拡大し、約一分ないし二分四〇秒でIYケーブルに対応する電話ケーブルの不通が出現し、その状況は、IYケーブルに対応するケーブルから始まり、その上側棚のケーブル群へと順次出現し、下側棚のケーブル群は上側のケーブル群から溶融燃焼したポリエチレン被膜により着火して不通が出現し、反対側棚のケーブル群の不通が出現する平均時間は着火側の最上段の棚のケーブル群のそれとほぼ同じであったこと、N等作成の鑑定書〔甲一一五〕によれば、吊り下げた前同様の防護シートにトーチランプのとろ火を接炎させると十数秒で着火し、一分半前後で燃焼範囲の垂直方向の長さが約四〇センチメートル位に達すること、I等作成の鑑定書〔甲二二〇〕によれば、とろ火状態のトーチランプから前同様の防護シートに着火させるためには、単にとろ火を防護シートに近付けるだけでは不可能であって、その炎を十分に接触させる必要があり、着火する最小のとろ火は、長さ〇・五センチメートル程度であり、トーチランプのバーナ炎は、長さ五・〇センチメートルないし六・〇センチメートル以上で燃焼音が聞こえ、長さ四・〇センチメートル程度以下の炎になると燃焼音は聞こえないこと、Q等作成の鑑定書〔甲二二二〕によれば、トーチランプを極めて小さなとろ火で使用し放置しても、洞道内騒音レベルに何の影響も与えないこと、などがいずれも認められる。

そこで、以上の鑑定結果を総合すれば、Fそトーチランプのとろ火が防護シートその他の可燃物に接炎し、その可燃物を燃焼させ、その火炎が電話ケーブルに燃え移ったため、本件火災が発生するに至った現実的可能性を十分肯認できるものと言わざるを得ない。

なお、弁護人は、この点に関し、とろ火状態のトーチランプの火を防護シートに接着させた場合には十数秒で炎上するのであるから、被告人両名が炎の出ているトーチランプを置いてから十数秒で現場を立ち去ることは不可能である旨指摘するが、前記二において判示した被告人両名の第二現場からの立ち去り方、すなわち第二現場が本件階段部分の間近にあり、しかも被告人両名は同階段部分を上がりDマンホールを直ちに右折して局舎方向に進行した状況に徴して、不注意にもトーチランプの火を防護シートに接着させ、防護シートが炎上するまでの間に被告人両名がこれに気付かずに現場を立ち去ることも十分あり得るものと考えられるから、弁護人の右指摘は当たらない。

四  被告人両名の各供述

ところで、被告人両名は、当公判廷において、大要、次のとおり各供述し、殊に被告人Aは、トーチランプの火による不始末の点を強く否認する旨供述している。

(1) 被告人Aの公判供述

被告人Aが局舎側の補助鉛管の解鉛を終わった際、被告人Bはそのときまだ三軒茶屋側を補助鉛管の解鉛作業中であったので、補助鉛管と主鉛管が再び融合しないように補助鉛管を温めて待った。まもなく被告人Bも作業を終え、同被告人はトーチランプの火を消した。主鉛管の解鉛は被告人Aが担当し、これを了した後、もう必要がなくなったので同被告人のトーチランプの火を消した。そして、被告人Bから同被告人のトーチランプを受け取ると、目でその消火を確認の上、被告人Aのトーチランプとともに二台一緒にして、防護シートの敷かれていない通路中央に置いた。その後、断線探索作業を行うため、被告人Bが局舎に向かい掛けた際、被告人Aが断線部分を発見し、被告人Bを呼び戻した。そして、その後の措置を大明電話のRに相談するため、第二現場を離れ局舎に向かった。第二現場を立ち去るとき、二つ並べてあるトーチランプを指差し「よし、よし」と声を出して消火を確認するとともに、被告人Bに対しても「いいな、いいな」と確認したが、同被告人にそれが聞こえていたかどうかは分からない。

(2) 被告人Bの公判供述

被告人Bは、補助鉛管の解鉛が終わったあと、その場で、自分のランプの火を消し、自分の右後ろの通路中央部分の防護シートの敷かれていない床面上に置いた。補助鉛管の解鉛作業後はもうトーチランプを使う作業は予定されていなかった。そのあと被告人Aの主鉛管の解鉛を手伝い、主鉛管解鉛が終わると、主鉛管を左右に引き離す作業を行った。更に、被告人Bは、綿テープで巻かれた接続部から綿テープを剥がしたが、この間、被告人Aは補助鉛管に残ったハンダをトーチランプを使用して取り除いていた。この作業が終わるとトーチランプを用いる必要はなくなるので、被告人Aもトーチランプの火を消したと思う。しかしこの点は記憶がはっきりしない。また、その際、被告人Bが自己のトーチランプを被告人Aに渡したかどうかもはっきりした記憶がない。

その後断線探索作業を行うため、一人で局舎の方に戻ろうとしたところ、被告人Aが「分かった。」と言って被告人Bを呼び止めた。被告人Aは断線を発見した。そして、大明電話のRにその後の措置につき相談するため、被告人両名は第二現場から局舎に帰った。第二現場を離れる際には、被告人B自身は指差呼称によるトーチランプの消火の確認はしていないし、被告人Aが「いいな。」と消火を確認する声は聞いていない。

以上の被告人両名の各供述の信用性については、後記第五において検討を加える。

第五被告人両名の過失責任

一  出火場所・原因との関係

そこで、前記第一ないし第四において判示した出火場所・原因に関する諸事実、すなわち、(1) 本件各洞道は、第三棟局舎地下入口から入る正規の入洞方法以外には、外部から洞道内に容易に立ち入ることのできない構造となっており、もとより普段は人気も火気もなく、その洞道内に正規の方法で立ち入り、かつ、洞道内で火気を使用することができる者は、電話局関係者、工事関係者等に限られていたこと、(2) 本件当日、火災発生前に本件洞道内に入った工事関係者は被告人両名を含めて四名だけであり、そのうち後記(3)の特に激しい焼損部分の第二現場において火気を用いて作業をしていたのは被告人両名であること、(3) 本件火災による洞道内の焼損状況の中で特に激しい焼損部分が認められるのは、Dマンホール付近と第二現場以西部分であるが、そのうち第二現場付近の焼損状況がより激しいものと認められること、(4) そして第二現場付近の電話ケーブルの焼損状況は、洞道北側部分が南側部分に比して激しい火勢を蒙ったものと推認されること、(5) 専用回線異常感知記録によると、三軒茶屋洞道北側部分に敷設された電話ケーブルが最も早期に異常を感知しているところから、右部分が出火場所に近接していたものと推認されること、(6) 本件において出火原因として検討を要するものとして、煙草の火の不始末や第三者による放火があるが、これらの可能性は全くないこと、(7) そして、弁護人指摘の電気的原因による出火の可能性の点についても、本件においてはこれを否定し得ること、(8) 本件において現実的可能性のある出火原因としては、被告人両名の作業によるものであり、本件各鑑定結果によると、被告人両名のいずれかが使用したFそトーチランプのとろ火が防護シートその他の可燃物に接炎し、これを燃焼させ、その火炎が電話ケーブルに燃え移った可能性を肯認できること、などを総合すると、本件火災は、被告人両名が第二現場において作業をした後、被告人両名のいずれかが完全に消火しなかったトーチランプのとろ火が防護シート等の可燃物に接炎して燃え移り、更にそれが電話ケーブルに延焼して燃え広がった結果、これが発生するに至ったものと認定せざるを得ない。

なお、被告人両名は、前記第四の四のとおり、いずれも当公判廷においてトーチランプの火の不始末につき積極的に否認しているものであるが、右両名の各供述を対比してみると、トーチランプの火の処理につき両名の供述間に大きな隔たりがあって、いずれもその信用性を容易に判定することができず、殊に、本件各トーチランプにつき積極的に指差呼称を履践した旨の被告人Aの供述についてみると、同被告人は、本件火災発生直後に録取作成された昭和五九年一一月一六日付司法警察員調書〔乙一〕をはじめ、同月二六日付司法警察員調書〔乙二〕、同月二七日付司法警察員調書〔乙三〕、同月二八日付司法警察員調書〔乙四〕の合計四通の各供述調書中において、いずれも指差呼称の点につき全く供述をしていなかったのに、事件から一年以上経た昭和六一年二月一二日付司法警察員調書〔乙一〇〕に至り、はじめて指差呼称等の点につき具体的な供述をし始め、その後これを維持している経緯が認められるのであって、その供述経過に照らして極めて不自然である上、被告人Bにおいては、当初から被告人Aの指差呼称等を耳にしたことはない旨一貫した供述をしていること、を併せ考えると、被告人Aの右供述を信用することができず、また、関係証拠によれば、事件直後から被告人Aが被告人Bに対して右の事実関係につき口裏を合わせるよう求め、被告人Bもこれに応じていたことが窺われるのであって、このような事情に徴すると、本件における被告人両名の各供述は、いずれも前記客観的事実関係と他の関係証拠により裏付けられ得る部分を除き、その信用性は低いものと言わざるを得ず、もとより本件出火場所・原因に関する前記結論に対し合理的な疑いを生じさせるに足るものではない。

二  被告人両名の共同過失責任

そこで、本件火災における出火原因は、以上判示したとおり、被告人両名が第二現場で解鉛作業に使用した二個のうち一個のトーチランプの火が完全に消火されなかったため、この火が同所の電話ケーブルを覆っていた防護シートに着火した点にあると認定されるところであるが、以下、この点に関する被告人両名の注意義務と過失行為の有無について検討する。

まず、前記本件各洞道の構造、洞道内における可燃性電話ケーブルの敷設状況等に照らして、このような洞道内で火災事故が一旦発生すれば、消火活動が困難であり、電話ケーブルが焼損して電話回線が不通となり、多数の電話加入権者を含む一般市民の電話使用が不能となって、社会生活上重大な影響の惹起されることは、一般的に容易に予見し得るところである。

そして、かかる事態の発生を未然に防止する見地から、関係証拠によれば、日本電信電話公社においては、洞道内の火器使用上の注意として、「火器使用に当たっては、周囲の可燃物に対し適切な措置を行う。作業場を離れる時は、火気のないことを確認する。」旨を定め(電気通信技術標準実施方法C八一一・〇三〇「とう道の保守」(基準、標準)〔第一版・改定書第1号・昭和五九年八月二四日改定、同年一〇月二〇日実施〕中の九の三「とう道入出者の遵守事項」参照。)、同公社東京電気通信局長から電気通信設備請負工事施工会社宛に、既設洞道内での火災事故防止として「トーチランプを使用するときは、作業現場を整理し、可燃物等は付近におかないこと。」旨を指示し(昭和五四年四月二四日付「とう道内火災事故防止について」第二参照。)、これに従い、被告人両名所属の明和通信の元請企業である大明電話においても、「とう道内作業時の事故防止対策」(昭和五八年四月改定)を定めて、「火気使用に当たっては、周囲の加熱物に対し適切な措置を行う。」「作業現場を離れるときは、火気のないことを確認する。」旨を一般的に規定するほか、その遵守を徹底するため、大明電話の社員のみならず、明和通信等の下請会社の作業員に対しても、日頃から始業前のミーティング、安全対策会議等を通じて、「トーチランプの作業が終わったら火は必ず消すこと。作業現場から離れるときは、その場に置いておくトーチランプの火が消えているかどうかを確認し、その際には自己の使用したランプだけではなく、一緒に作業した者のランプについても確認すること。特に、その確認に当たっては、トーチランプを指差し、消火の有無を呼称して確認すること。」などの指示が繰り返し行われていたことが認められるとともに、殊に、本件の解鉛作業の場合等のように、数名の作業員が数個のトーチランプを使用して共同作業を行い、一時、作業を中断して現場から立ち去るときには、作業慣行としても、各作業員が自己の使用したランプのみならず共同作業に従事した者が使用した全てのランプにつき、相互に指差し呼称して確実に消火した点を確認し合わなければならない業務上の注意義務が、共同作業者全員に課せられていたことが認められるのであって、右の事実に徴すると、本件のように共同解鉛作業中、一時現場を離れるに当たり、共同作業者においては、トーチランプにつき相互に指差し呼称確認を行うことは容易なことであるとともに、これを行うことによりトーチランプの火による他の可燃物への燃焼を未然に防止し得ることも明らかであるから、本件の共同作業者に対して右のごとき内容の注意義務を課することは、なんら無理を強いるものではなく、極めて合理的かつ常識的な作業慣行であるものと思料される。

したがって、本件の被告人両名においては、第二現場でトーチランプを使用して解鉛作業を行い、断線箇所を発見した後、その修理方法等につき上司の指示を仰ぐべく、第三棟局舎へ赴くために第二現場を立ち去るに当たり、被告人両名が各使用した二個のトーチランプの火が完全に消火しているか否かにつき、相互に指差し呼称して確認し合うべき業務上の注意義務があり、被告人両名がこの点を十分認識していたものであることは、両名の作業経験等に徴して明らかである。

しかるに、被告人両名は、右の断線箇所を発見した後、その修理方法等を検討するため、一時、第二現場を立ち去るに当たり、被告人Aにおいて、前回の探索の際に断線箇所を発見できなかった責任を感じ、精神的に動揺した状態にあったとはいえ、なお被告人両名においては、冷静に前記共同の注意義務を履行すべき立場に置かれていたにも拘らず、これを怠り、前記二個のトーチランプの火が完全に消火しているか否かにつき、なんら相互の確認をすることなく、トーチランプをIYケーブルの下段の電話ケーブルを保護するための防護シートに近接する位置に置いたまま、被告人両名が共に同所を立ち去ったものであり、この点において、被告人両名が過失行為を共同して行ったことが明らかであるといわなければならない。

以上の理由により、もとよりいわゆる過失犯の共同正犯の成否等に関しては議論の存するところであるが、本件のごとく、社会生活上危険かつ重大な結果の発生することが予想される場合においては、相互利用・補充による共同の注意義務を負う共同作業者が現に存在するところであり、しかもその共同作業者間において、その注意義務を怠った共同の行為があると認められる場合には、その共同作業者全員に対し過失犯の共同正犯の成立を認めた上、発生した結果全体につき共同正犯者としての刑事責任を負わしめることは、なんら刑法上の責任主義に反するものではないと思料する。

第六公共の危険の発生

一  局舎関係

関係証拠によれば、本件世田谷電話局第三棟局舎は、鉄筋三階建、地下一階の建物(建坪一三九四・七四平方メートル、延床面積五二一五・四九平方メートル)で、地下一階には、前記局内洞道(ケーブル室)、暖房機械室、電池電力室、制御室等が設置され、地下ケーブルが局内洞道の天井から更に一階の交換機室に縦約〇・二二メートル、横約一・七三メートルの貫通部分を通じて接続しているが、本件火災による火勢は、局内洞道の中にまで至り、同所に敷設されている電話ケーブルを焼燬して、引き込み洞道から局内洞道に入り東方約五・五メートル先の地点までのケーブルを、その絶縁部が溶けるほど燃焼させ、同洞道内約三八〇平方メートルの範囲で壁体を焼損させており、更に、ケーブルの燃焼が継続すると、一階交換機室にまで延焼するおそれがあったこと、などが認められるとともに、本件当時、第三棟局舎内には合計六五名の局員が勤務中であったが、局内に入り込んだ本件火災による異臭の黒煙のため執務ができない状態となったため、午後四時すぎころ、当時のS局長において、局員の生命、身体等の安全につき配慮した上、右局員全員に対して退去命令を出すに至ったこと、などが認められ、これらの事実に徴すると、本件火災は、その火力・火勢により世田谷電話局第三棟局舎内の財産に危害をおよぼす事態を既に現出せしめたことはもとより、同局舎内の多数人に対し、その生命、身体、財産に危害をおよぼすおそれのある事態をも現出せしめたことが明らかであるから、刑法上の失火罪における公共の危険を発生せしめたものと認定するのが相当である。

二  ケーブル関係

検察官は、本件火災により電話ケーブルが焼損したため、多数の電話回線が不通となり、一般市民の生命、身体、財産に危害を及ぼす状況がもたらされたから、この点でも公共の危険が発生したものと解すべきである旨主張するが、そもそも刑法の放火罪・失火罪における公共の危険とは、火力・火勢による燃焼・延焼等のため不特定多数の生命、身体、財産に危害を及ぼすおそれのあることを意味するものと解され、その生命、身体、財産上の危害は、火力・火勢による燃焼・延焼等のため直接もたらされるものでなければならないと解されるのであって、火力による燃焼と直接関係することなく、生命、身体、財産上の危害が生ずる場合には、公共の危険の発生があるとみることはできないものと解すべきところ、この事理を本件についてみると、本件火災により多数の電話加入権者を含む一般市民の電話使用不能の事態が発生したのは、本件ケーブルが焼燬により損壊されたためであるが、その損壊態様において、本件のごとく焼燬による場合と他に焼燬以外の例えば切断等による場合とでは、その態様上の相違点はあるものの、右相違点は、ケーブルが損壊された結果、電話使用不能の事態が発生した状況に対して、なんら影響を及ぼすものではないのであって、本件において多数の電話回線が不通となる事態が惹起されたのは、まさに本件電話ケーブルの損壊自体によるものであり、火力・火勢による燃焼・延焼により発生する事態でないことは明らかである。したがって、本件電話ケーブルの損壊により不特定多数の生命、身体、財産に危害を及ぼすおそれのある事態が惹起されたとしても、右の事態は火力による燃焼と直接関係するとみることができないものであるから、もとより右危害の具体的な内容についての検討を加えるまでもなく、これを公共の危険発生の問題として判断する余地はないものと思料する。

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は、行為時においては刑法六〇条、平成三年法律第三一号(罰金の額等の引上げのための刑法等の一部を改正する法律)による改正前の刑法一一七条の二前段、右改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、右改正後の刑法一一七条の二前段に該当するところ、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときに当たるから、刑法六条、一〇条により、軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中いずれも禁錮刑を選択し、各所定刑期の範囲内で、本件犯行の罪質、被告人両名の業務上過失の程度が重大にして公共の危険の発生の面でも軽視し難いものがあり、その焼損被害額も巨額に上るほか、本件火災により多数の電話回線が不通になった結果、一般市民の社会生活にも甚大な影響を及ぼしたものであって、これらの事情に鑑みると、被告人両名の刑事責任は重いと言わざるを得ず、被告人両名をそれぞれ禁錮一年に処することとするが、他面、被告人両名においては、いずれも実直な性格にして誠実な態度で稼働しており、もとより前科のないこと、また、本件火災事故が契機となって、電話ケーブルの難燃化への改良が進むとともに、洞道内における火気管理の万全化が図られ、今後本件同様の事故の発生が防止されるよう設備上の改善が行われるに至ったこと、更に、被告人両名は既に相応の社会的制裁を受けているものとみられること、そして更に、本件火災原因の解明につき時日を要せざるを得なかった面はあるものの、本件火災発生後、既に七年余を経過し、本件起訴後でも四年余を越えるに至っていること、などの事情も存するので、同法二五条一項を適用して被告人両名に対しこの裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする(被告人両名に対し各禁錮一年求刑)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中山善房 裁判官 杉田宗久 田島清茂)

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